<前編>“考える防災”という文化を、マンションから街へと広げていく

三菱地所グループの住宅事業を担い、『ザ・パークハウス』シリーズなどを展開する三菱地所レジデンス株式会社。マンション入居後の防災訓練のサポートに加え、「そなえるカルタ」「そなえるドリル」といった防災ツールの作成に取り組んでいます。どんな想いで防災と向き合ってきたのか。三菱地所レジデンスの平澤龍一さんと澤野由佳さんに伺いました。
三菱地所グループとして100年にわたり取り組んできた「防災」のノウハウに加え、同社が東日本大震災の被災地の声に耳を傾けながら進めてきたのは、災害時に居住者が自ら考え、動けるようにする仕組みづくりでした。前編・後編の全2回でお送りします。
(聞き手:岸田産業株式会社 工藤)
目次
- 始まりは2011年
- 被災地の声を防災へつなぐ
- もやもや、ぐるぐると防災について考えるきっかけ
- 社員自ら被災地の声を聞き続ける
- ドナタデモ、すべては災害に強い街づくりのため
始まりは2011年

工藤
こんにちは、今日はよろしくお願いします!
平澤・澤野
よろしくお願いします。
工藤
今回の特集コンテンツですが、実は三菱地所レジデンスさんが第一弾の取材でして、私も緊張しております。
平澤
そうなんですね。どこまでお力になれるかわかりませんが…。まずは、三菱地所レジデンスが防災に取り組んでいる背景からお話ししましょうか。
工藤
はい!お願いします。
平澤
三菱地所レジデンスは、2011年の1月2日に3社統合により発足し、その2か月後には東日本大震災があって、会社が始まったばかりで混乱したのを憶えています。当時は仙台に営業所がありましたが、そちらも被災しました。
工藤
3.11当時、会社としてはどのような対応をされたんですか?
平澤
今でこそ、東京都では「大きな地震が起きた際、72時間は会社に留まるように」という方針ですよね。当時はそういったこともありませんから、帰れる人は帰って、会社では帰れない人のスペースを用意することをしていました。私は家が近いので歩いて帰りました。東海道新幹線が動き出したといって横浜方面へ帰る人もいましたね。
工藤
当時、何時間も歩いて帰る人がたくさんいましたよね。三菱地所グループ全体としてはどのような動きがありましたか?
平澤
大丸有エリアにはたくさんのオフィスワーカーがいますので、帰宅困難者もあふれていました。そんな中、三菱地所グループとして丸の内ビルをはじめとした大手町・丸の内・有楽町エリアのビルや横浜ランドマークタワー計10棟で、帰宅困難者約3,500人を受け入れました。
ビルの空調を翌日まで連続運転し、共用部の照明を点灯、また、トイレの開放やブルーシートの提供を行い、一部のビルでは毛布やカーペットの提供なども実施しました。
工藤
そういった方針が事前に決まっていたんですか?
平澤
そうですね、本来は震度6弱以上で自動的に非常災害体制が発令されることとなっています。ただ、当時の千代田区の震度は5強でしたよね。ですので、非常災害体制は発令されませんでした。都内の被害状況に鑑みて本店としては災害対策本部を立ち上げませんでしたが、危機管理部署が中心となり支店のサポートや都内での被害対応を24時間体制で実施したそうです。

工藤
すごいですね。混乱状態の東京で、救われた方がたくさんいたと思います。
澤野
毎年、訓練をしていたから自然に動けたんだと思います。
工藤
毎年の訓練ですか?
澤野
三菱地所グループでは、毎年9月に大規模な防災訓練を行っています。その際の経験が活きたのかなと思います。
被災地の声を防災へつなぐ
平澤
3.11から数か月経って、三菱地所グループとしてもボランティアを募り、被災地支援で現地へ入り始めました。
工藤
そうなんですね、ボランティアではどんなことを?
平澤
最初の頃は無心でドロ出しや家財道具の運び出しなどの作業をしていました。1、2年経ってからは、現地でどんなことが大変だったのかということをインタビューさせていただきました。
現地を歩きまして、なにが必要だったか、どういうことが大変だったか。いろんな方にお話しを聞きました。仙台だけでなく、南三陸や石巻、女川…いろんな場所へ行きました。3.11を通じて聞かせていただいたこと、経験したことをお客さまにお伝えしたい、これが「そなえるカルタ」作成のきっかけとなりました。そして現在の三菱地所レジデンスとしての防災の取り組みが始まりました。

工藤
ウェブを見ていますと、三菱地所レジデンスとしての防災の取り組みがたくさん目につきました。そういった背景があってのことだったんですね。
澤野
そうなんです。被災地に行って気づいたのが、マンション防災ではハード面を整備することに加え、実効性を高めるソフト面も大事だということでした。例えば、3.11を経て自社の物件の災害対策基準を強化し、防災倉庫を設置しました。住んでいる皆さんが災害時に「自ら動ける」ようになるには、平常時の訓練が大事だと思ったんです。そういう風に考えるようになったのは、現地に行っての大きな変化です。

もやもや、ぐるぐると防災について考えるきっかけ
工藤
そこから生まれたツールの1つが、「そなえるカルタ」ですか?
平澤
はい。「そなえるカルタ」では、3.11の生の声を皆さんへ届けることを大事にしています。例えば、トイレがすごく困ったという話を東北でたくさん聞きました。カルタのおもて面には「水が使えずトイレが流せない時の対策、どうしますか?」といった問いが書かれています。被災地の声も書いてあって、「トイレが大変だったので何も食べていなかった」という現地で聞いた言葉もそのまま書かれています。


問いと被災地の声をまず読んでもらって、「こういうことでみんなは困っていたんです。みなさんはどうしますか?」という投げかけの形になっています。自分ならどうするか考えてから、うら面を見ると被災地ではこんな風に動きましたということが書かれています。
工藤
たくさんの被災地の生の声が反映されているんですね。
澤野
現地で活動している「一般社団法人復興応援団」にご協力いただいて、被災地の声を集めることができました。 現地の生の声を届けたかったので、文章はリアルな声をそのまま載せています。トイレや食糧や防犯など、被災地で困ったことをカテゴリーにわけています。
社員自ら被災地の声を聞き続ける
工藤
すごく貴重な資料でもあるわけですね。3.11以降も被災地の声を聞いているんですか?
平澤
そうですね。熊本や個人的には広島にも伺って話をお聞きしました。その他にも、2019年の台風で水害被害があった首都圏のタワーマンションでは、実は近隣のマンションも協力して発電機の貸出など、いろいろな動きがあったみたいなんです。
澤野
実際にマンションのみなさんにお話を聞きに行きました。「水害被害が発生した時、対応どうしましたか?」とお聞きしたところ、「居住者のみんなで協力して乗り越えました!」と教えていただきました。 一番最初に動いたのが住民の皆さんだったそうで、土のうを積む方をマンション内の館内放送で募集したところ、200人程度集まったそうです。
工藤
すごいですね!タワーマンションでの被害だったので、どちらかというと住民同士の関係性も希薄だったんじゃないかと勝手に想像していましたが…。
澤野
実は、日頃からイベントを通じて顔見知りも多くて自然に助け合える体制ができていたみたいなんです。 普段からのコミュニケーションの重要性を教わりました。やはり、大きな災害があるとお客様の関心も高まって「あのときどうでしたか?うちのマンションでも対策したいんですよね」というお声があがるので、「そなえるカルタ」も各地のお声とともにアップデートし、お客様に届けています。

工藤
全国の被災地の貴重な声がどんどん増えているわけですね。すごい…カルタだけじゃなくて本にもできそうですね!
澤野
確かにそうかもしれないです。カルタであることの良さもありまして、例えば防災訓練に行って住民の方に「災害時に何が一番気になりますか?」とお聞きします。すると、「水ですか」とお答えいただいた方に「そうですよね、水大事ですよね」と、水のカテゴリーのカルタをお見せして被災地の声をお伝えするんです。
工藤
本だと1ページ目から読まなくちゃいけないですけど、カルタだと気になるテーマからコミュニケーションの中で伝えられますね。
ドナタデモ、すべては災害に強い街づくりのため
澤野
そうです。「水を飲んだらトイレ行きたくなりますよね?」と、次は災害時にすごく困ったトイレのカルタもお見せしています。ですので、訓練でも使えますし、ワークショップでも使えますし、エレベーターの中に貼ったりもできます。 一般公開していますので他社の分譲マンションで使いたいってお声もあって、どんどん使ってくださいとお伝えしています。それが三菱地所グループの「ドナタデモ」精神につながりますね。
工藤
「ドナタデモ」というのは?
澤野
私たちの防災のルーツなのですが、三菱地所グループは関東大震災のときに、街の人々のために活動した歴史があります。旧丸ビル周辺で炊き出しをしたり、診療所をつくって救助活動にあたったりしていました。私たちもそのDNAを受け継いで、マンション防災に取り組んでいます。

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>後編へつづきます
